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石川遼が世界ジュニアへ

石川遼がいよいよ世界へ羽ばたく日がやってきました。

石川遼が7月16日にアメリカ・カリフォルニアで開幕する世界ジュニア選手権に日本代表メンバーとして出場することが内定しました。

世界ジュニア選手権はタイガーウッズも出場し優勝を飾ったことのある大会で、日本人も池田勇太、若林舞衣子、宮里美香らが過去に優勝を飾っています。

その名誉ある大会・世界ジュニア選手権に日の丸を背負って石川遼がアメリカに渡ることになります。

マンシングウェアKSBカップで男子の世界最年少ツアー優勝を果たした実績から考えれば当然の選出といえるでしょう。

石川遼自身にとっても世界ジュニア選手権への参加は貴重な経験になることは間違いありません。

世界ジュニア選手権は年齢によって男女各6カテゴリーに分かれており、石川遼は15〜17歳の部に出場する予定です。

石川遼は現在参加している関東アマの後は、6月12日からはじまる関東高校選手権東京都予選に出場し、7月上旬には今季最大の目標とする日本アマへの出場を控えています。

7月に行われる世界ジュニア選手権で優勝するためにも、そこでアマチュア日本一の称号を是が非でも手に入れたいところですね。

石川遼にTBSが愚行の数々

石川遼にTBSが愚かな行為を次々とあびせかけた。

TBSの昼の情報番組「ピンポン!」が、関東アマで石川遼と同伴競技者になる選手に対し、石川遼の声を拾うため小型マイクを装着してプレーするよう大会前日の3日(大会は4日から)に依頼していたというのだ。

この同伴競技者は当然ながらTBSからの依頼を拒否し競技役員に事の真相を明かした。

これを受け主催の関東ゴルフ連盟は8日に広報委員会を召集しTBSに抗議文を送ることを決めた。

TBSによると依頼を行ったのは番組制作会社所属のディレクターで、関東アマチュア選手権に出場している石川遼の3人の同伴競技者のうち1人に実際に依頼を行ったほか他の2人にも接触を図っていたという。

謝礼支払いの有無について依頼を受けた同伴者は「謝礼の話があった」と説明しているが、ディレクターは否定しているという。

またプロデューサーほか番組の責任者はディレクターが依頼を行ったことを知らなかったようだ。

愚行を行った彼らは石川遼と一緒にラウンドした同伴競技者のゴルフに対する情熱を踏みにじった。

石川遼と初日一緒に競技を行ったのは、伊藤勝也(34)、広田文雄(43)、溝端隆一(45)の3アマチュア選手。

一般の社会人が平日4日間試合に出るということは相当ゴルフにかけた生活を送っているはずで、本大会に出場する意気込みは生半可なものではなかったでしょう。

ただでさえ石川遼とラウンドするという大変なお役目なのに、2000人近いギャラリーに取り囲まれ、ギャラリーから邪魔だと言われ、おまけにTBSから声を拾えと言われ本当に散々な1日だったことと思います。

今回の事は不運としかいいようがありませんが、良い経験になったと思って3人にはこれからも頑張ってほしいです。

もちろん石川遼も全て勉強と思い世界ナンバー1プレーヤーを目指し精進してくれることを祈っています。

石川遼の関東アマ3日目

石川遼の関東アマ3日目(2007年6月6日)。

石川遼は前日の夜、大好きなラーメンを食べ勝負服のピンクのウェアで関東アマ3日目に臨んだが、結果は1バーディ、3ボギーのトータル5オーバーで首位と6打差の7位という不本意な結果で終わった。

首位は石川遼が通う杉並学院高の先輩の薗田峻輔(そのだしゅんすけ)。

薗田峻輔は石川遼が男子ツアー史上最年少優勝を果たしたマンシングウェアオープンKSBカップの次週に茨城・大洗で行われた三菱ダイヤモンドカップゴルフでアマチュアながら36位タイに入る健闘をみせた選手。

石川遼は関東アマ3日目のプレー終了後記者会見で「なんか今日は笑えない」とハニカミ王子らしからぬプレーの不調ぶりを嘆きつつも6/7に行われる最終日の巻き返しを誓っていた。

石川遼は気配り王子!?

石川遼は気配り王子だった!?

関東アマに出場している石川遼。

6/5の2日目には初日の約2倍の3800人のギャラリーが押し寄せ、ほぼ全員石川遼の組につきました。

前日はマナーの悪いファンがプレー中にもかかわらずカメラ撮影をしたりフェアウェーを歩いたりとやりたい放題でしたが、2日目もマナー違反者が続出。

石川遼自身も大変でしたでしょうが、石川遼と同組のアマチュアも大変でした。

石川遼と初日一緒にまわったのは、伊藤勝也(34)、広田文雄(43)、溝端隆一(45)の3選手で、予想通り彼らのスコアはメタメタ。

溝端隆一は「こんなギャラリーはもちろん初めて。地に足がつかなかった」と12オーバーの大崩れで、禁止されている携帯カメラの使用で集中をそがれた上に「じゃまだ」と言われたというからたまったものじゃなかったでしょう。

一般の社会人が平日4日間試合に出るということは相当ゴルフにかけた生活を送っているはずで、本大会に出場する意気込みは生半可なものではなかったでしょう。

今回の事は不運としかいいようがありませんが、良い経験になったと思います。

石川遼もそんな彼らを気配る場面も見られ自らマナーの悪いギャラリーに「静かにしてください」と注意していたとか。

広田文雄が、石川遼の礼儀正しさに感心し「息子につめのあかをせんじて飲ませたい」とコメントしていたが、ハニカミ王子ならぬ気配り王子は2日目12番ホールでダブルボギーを叩くなど本調子ではないながら、トータル3オーバー8位タイと無難にまとめたようだ。

3日目以降も健闘を祈る。がんばれ石川遼!

石川遼が千葉CC梅郷コースの関東アマ選手権に出場

石川遼が千葉CC(千葉カントリークラブ)梅郷コースで行われる関東アマ選手権に6/4から出場。

5月のプロゴルフツアー、マンシングウェアカップで最年少優勝して以来の試合出場となった。

15歳8ヶ月の史上最年少で国内ゴルフツアーを制し一躍時の人となった石川遼。

石川遼選手の優勝後初めての試合出場とあって、大会は異例の措置が取られた。

関東アマでは例のないコースと歩行路を区分けするロープが張られたほか、大勢のギャラリー来場を予想し、5000台の臨時駐車場、東武線野田市駅とコースを結ぶ送迎バスを3台用意し約15分おきに運行、練習場脇には弁当や飲み物を提供するテントやギャラリープラザも設置され、プロツアー並みの対応となった。

関東アマ初日の6/4(月)はギャラリー約1900人。報道陣も75社約200人が訪れた。

石川遼の初日の結果だが、3バーディー、4ボギーの1オーバー、73で9位となった。

16番ホールではチップインバーディーも決めギャラリーを沸かせた石川遼。

69で回った豊島豊(東千葉)が2位に3打差をつけ首位に立った。

ハニカミ王子自慢のハニカミ笑顔も健在だった石川遼だが、ギャラリーの数に驚きながら「声をかけられて、有名人になってしまったんだと自覚した」と照れ笑いした。

大会は4日間の日程で、65位タイまでが第3ラウンド以降へ進み、上位29選手が日本アマチュア選手権(7月・愛知CC)の出場権を獲得する。

石川遼の広報窓口にJGTO

石川遼の広報窓口を日本のプロゴルフツアーを主管する日本ゴルフツアー機構・JGTOが担当するようだ。

石川遼が2007年5月20日に行われたマンシングウェアKSB杯で世界最年少でツアー優勝して以降、過熱するハンカチ王子フィーバーに石川遼が通う杉並学院が困惑していることを受け、日本ゴルフツアー機構・JGTOが全面協力することを決断し、石川遼の取材依頼からテレビ出演までJGTOが責任を持って仕切り、石川遼が18歳になってプロ転向するまでの3年間日本ゴルフ界の金の卵である石川遼を大切に育てることとしている。

石川遼が5/20に世界最年少優勝して以来、毎日が激動のように過ぎていった。

石川遼が優勝した翌日の5/21はTV局での生出演、5/22が優勝後初登校しパニック、5/23は安倍首相と対面、5/24は地元である松伏町で表彰、5/25は埼玉知事を訪問、そして5/29は杉並区から表彰と石川遼は15歳の現役高校生ながらハニカミ笑顔を絶やさないハードスケジュールをこなしている。

そんな石川遼を潰さないためにSOS信号を発した杉並学院にJGTOが救いの手を差し伸べたわけだ。

石川遼がプロ転向されるであろう3年後までは停滞する男子プロツアーからのスポンサー離れはこれで解消すると見られている。

石川遼をハニカミ王子と名付けた多賀公人とは?

石川遼をハニカミ王子と名付けた人は誰でしょうか?

それは多賀公人アナウンサーです。

多賀公人アナウンサーは瀬戸内海放送(KSB)のアナウンサーで、石川遼が優勝した東児が丘マリンヒルズGCで行われたマンシングウェアオープンKSBカップでアナウンサーをつとめていました。

石川遼が17番ホールでチップインバーディーを決めた直後に「東児が丘に王子が誕生しました」とコメント。

その後、石川遼がハニカミながら優勝インタービューを受けている様子を多賀公人アナウンサーが「東児が丘の王子はハニカミ王子でもありました」とコメント。

この多賀公人アナウンサーの発した「ハニカミ王子」という単語が翌日の新聞で1面に掲載。

多賀公人アナウンサー本人もハニカミ王子という言葉がここまで流行するとは夢にも思わなかったことであろう。

多賀公人アナウンサーは石川遼の影で一躍時の人となった。

石川遼は遠距離通学

石川遼は遠距離通学だった。

石川遼の自宅は埼玉県の松伏。

そこから東京都内の杉並学院高等学校まではそれほど遠くなさそうだが、ルート的に実はかなりの遠距離通学なのだ。

石川遼はまず朝6:20分ごろ自宅をお父さんの車で出発。

向かう先は千葉の流山市付近の駅。

ここに6:40ごろ到着する。

そこから石川遼は1人で電車で秋葉原を経由して杉並高等学校の最寄の駅まで電車通学し、高円寺の駅から徒歩で約8分かけてようやく学校に到着する。

埼玉県松伏の自宅を出てから約1時間半かかってようやく到着だ。

石川遼は学校が終わるとまた同じルートで千葉県流山の駅まで戻る。

ちなみに流山−高円寺の往復代は1520円。

学割を使って1ヶ月の料金は18120円とかなりの負担だ。

さて、流山駅についた石川遼はそこからまた親御さんの運転する車で今度は千葉県野田市のゴルフサロン・セラという打ちっぱなしの練習場へ向かう。

そして石川遼はそこでお父さんをコーチに夜10時までの約3時間500球を打ち込む。

石川遼はこの生活を毎日繰り返しているわけだ。

石川遼が15歳で男子プロゴルフツアー史上最年少優勝を果たした陰にはこういった努力が隠されていたのだ。

これからもがんばれ!石川遼!

石川遼の使用クラブ・ソリッドコンタクツに問い合わせが殺到!

石川遼の使用クラブに問い合わせが殺到しているようだ。

石川遼が使用しているクラブメーカーはソリッドコンタクツ。

ソリッドコンタクツは3年前の2004年に設立された新興メーカーで契約プロはおらず、ソリッドコンタクツのクラブで優勝したのは石川遼がはじめて。

石川遼の使用クラブ・ソリッドコンタクツの特徴は小売店での販売を行わず、スタジオでフィッティングを行い、ライ角、ロフト角、シャフト等をすべて使う人に合わせて調整して販売すること。

ソリッドコンタクツはこれまで専門誌などでもほとんど広告を出してこなかった。

思いもよらぬ石川遼効果に「ありがたいこと。でもすべてフィッティングを行って作るものですから対応し切れるかどうか」と、うれしい悲鳴を上げていた。

ドライバーの平均飛距離は299・13ヤードとランク3位の成績をあげただけに、ハニカミ王子こと石川遼効果でソリッドコンタクツに一般ユーザーの注目は今後もより一層高まることであろう。

石川遼が安倍首相を表敬訪問

石川遼が安倍晋三首相を表敬訪問した。

石川遼は、先日の男子プロゴルフツアーのマンシングウェアオープンKSBカップにアマチュア参加し、史上最年少で優勝したことで安倍晋三首相から首相官邸へ両親共々招かれ、「日本を明るくしてくれた」と称えられた。

石川遼は日本の総理大臣・安倍晋三首相を前に終始ハニカミ王子らしいはにかみ笑顔を披露し照れた様子。

安倍首相から「本番には強いの?」と聞かれると「結果的にみると強いと思います」とコメント。

また、「目標はマスターズ優勝で、尊敬する選手はタイガー・ウッズ」と頼もしく語った。

石川遼は安倍首相から大きな目標を持つようにという意味を込め、真実一路と書かれた手書きの色紙をプレゼントされた。

安倍首相との面会終了後「今日のことは一生忘れません。」と語り、まずは中間テストの勉強を頑張るとコメントした。

石川遼が最年少優勝記録を達成したマンシングウェアオープンKSBカップの最終日

石川遼が15歳にして男子ツアー史上最年少優勝を達成しました。

これまでの日本国内の記録は中嶋常幸の22歳(セベ・バレステロスの20歳)、アマチュアでは倉本昌弘の25歳と、これまでの記録を大きく上回る記録を達成した石川遼。

女子プロの宮里藍の18歳をも3歳も上回る結果を出した石川遼の記録は、今後破られることがないといっても過言ではないでしょう。

そんな偉大な記録を出した石川遼のマンシングウェアオープンKSBカップの最終日。

大記録達成にふさわしい石川遼のプレーぶりでした。

圧巻は17番のパー3。

ティーショットをグリーン奥のバンカーにはずし、難しいラインを残したのにもかかわらずそこからチップインバーディー。

石川遼の大器の片鱗を垣間見た瞬間でした。

石川遼は笑顔も素敵でコメントもしっかりしており、将来は日本を代表するプロゴルファーとして世界ランクナンバー1を目指して頑張ってほしいです。

石川遼が男子プロゴルフツアー・マンシングウェアオープンKSBカップで15歳にして史上最年少優勝!

石川遼が男子プロゴルフツアー・マンシングウェアオープンKSBカップで15歳にして史上最年少優勝を飾りました。

高校生での勝利も初めてということで2007年5月20日は新たな王子・石川遼の誕生の日となりました。

トップと4打差の9位から最終日をスタートした石川遼は、最終日7バーディー1ボギーの66と完璧な内容のゴルフを見せ8人をゴボウ抜きし通算庵12アンダーで見事優勝。

宮里藍のアマチュア18歳優勝の記録も大きく上回る結果となりました。

最終日は地元・埼玉から両親も岡山まで石川遼の応援に駆けつけギャラリーと共に応援。

そんな応援が石川遼に通じたのか堂々としたプレーぶりで見事優勝を果たした石川遼。

一緒に同組でプレーした久保谷健一と立山光広も完全に脱帽といった感じでプレー終了後石川遼をねぎらっていたようです。

石川遼自身は優勝の実感があまりなかったようですが徐々にとんでもないことをした実感がじわじわ来ることでしょう。

石川遼の今後の活躍に大いに期待したいです。

石川遼のプロフィール・アマチュアゴルファー石川遼とは?

石川遼はJGAジュニア会員に属するアマチュアゴルファーです。

1991年9月17日生まれの15歳で現在埼玉県の杉並学院高等学校の1年生。

石川遼は3人兄弟の長男で6歳の頃父親に連れられてゴルフの練習場に行ったことからゴルフを始めることになりました。

167センチ・58キロと決して大柄ではない石川遼ですが、目標とするゴルファーがタイガー・ウッズとあってタイガー・ウッズを彷彿させるダイナミックでヘッドスピードの速いプロゴルファー顔負けのスイングを持つ驚異のアマチュアゴルファー・石川遼。

平均飛距離も290ヤードとプロ顔負けの石川遼は中学時代からあらゆるゴルフ大会で上位を独占。

そんな石川遼は2007年5月20日に男子プロゴルフツアー・マンシングウェアオープンKSBカップで波入る強豪プロの中にあって15歳にして史上最年少優勝を飾りました。

15歳8カ月での優勝は日本の男子ツアー史上最年少で、高校生の勝利も初めて。

この日は石川遼の名前が日本中、いや世界中に知れ渡った日でもありました。

日本でもようやく世界のメジャー優勝を狙える選手が誕生しました。

石川遼のこれからの活躍に目が離せません。

これからもみんなで石川遼を応援しましょう!

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